2007/03/01
玄米菜食が日本古来のものだって?
日経新聞にマクロビオティック(正食)が取り上げられていたのだが
先日の日経新聞2月23日夕刊1面の食の特集記事マクロビオティック (Macrobiotic) が紹介されました。その文章中にマクロビは日本古来の玄米菜食を基盤とした食養法
とあったのですが、日本古来なんて言えないのじゃないかという直感があり、気になったので調べてみることに。
そもそもマクロビ自体の歴史が浅い
日本CI協会のページによると、マクロビオティックは 1930年以降に桜沢如一によって始められたとあります。そう古いものではありません。正食と言っていたものが、海外で認知され、マクロビオテックという名前でも逆輸入されてきているのが現在です。
マクロビ自体、明治時代の石塚左玄という人の作った大日本食養会というのが大元だそうです。マクロビの基本理念である
- 身土不二
- 一物全体
- 陰陽調和
といった思想は、石塚左玄の唱えていた養生論に含まれているものです。
左玄の養生論は、(1)食物至上論(食本主義)、(2)陰陽調和論(ナトリウム・カリウム均衡食論)、(3)穀食動物論(穀食主義)、(4)一物全体食論(自然食主義)、(5)身土不二(風土食論)の原理を骨子としています。このほか、養生訓的な少食とか、少欲とか、よくかむことが加わり、さらに入浴制限、安静、時には労働、転地、また芋薬や漢方療法、民間療法が組み合わされています。
いろいろ派生の食養法、健康法はいろいろあるみたいですが、この人物がルーツになるものが少なくないようです。(参考:Zopeジャンキー日記 :よく食べ よく生きる )
もちろんマクロビや、その源流となる石塚左玄の養生論が比較的近代のものだから、それをもって即ち玄米菜食が日本古来ものでないとは言えないでしょう。石塚左玄がそういうことを言い出した背景に、日本古来の食生活がなかったとは言えませんし。
菜食についての検討
魚食という日本の食文化を考えれば検討するまでもない気がしますが、菜食が伝統であるということなさそうです。やむを得ず菜食を強いられることはあったとしても。
魚以外でも、仏教の影響で肉食が忌避されていた時にも、鳥は食べていて、ウサギをわざわざ1羽2羽と数えて、鳥として食べることまでしています。マタギのような狩りを生業とする人々もいましたし、動物性タンパクの不足する地域ではイナゴに代表されるような昆虫食もあったと。
縄文時代に貝塚やら骨で作った釣り針が見つかっているのですから、仏教による肉食忌避の影響は多少あるにしろ、日本は古来から菜食ではないのは明らかではないでしょうか。もちろん現代ほど動物性タンパク質は摂っていなかったでしょうが、機会があれば魚を始めとした動物性のものを取り入れ、菜食では不足する栄養を補っていたのが、日本に住む人の食生活と考えられます。
江戸時代の食生活
そもそも「日本古来」と言って、どの時代まで遡ればいいのかわかりませんが、とりあえず江戸時代を考えてみます。
菜食については上で述べていますが、江戸の魚ごよみを見るまでもなく魚は広く流通していたようです。庶民にとっては頻繁に食べられるものではなかったようですが。江戸の味覚として「五白」という言葉もあり、五白には「白菜、大根、豆腐、鯛、白魚」と魚が含まれているという話がありました。(ただ「五白」について検索するといくつか結果が出てくるが、いまいち出所不明。魚を除くものは「三白」というらしい。)
次に米についてですが、江戸時代には精米技術が上がり、足踏み臼や水車を使うことにより精白した白米が一般化していたようです。江戸では「江戸患い」として脚気が流行ったそうですが、白米ばかりを食べ、農村に比べ野菜や雑穀を食べなかったことが原因のようです。
普段は玄米は食べなかったとしても養生法としてはどうなんだ、という疑問もあるかもしれません。突っ込んでは調べていませんが、貝原益軒の養生訓では、柔らかい米を食べろと言っており、玄米には触れた箇所はないようです。少なくとも玄米食が勧められているということはありません。圧力釜もない時代の柔らかいご飯ですから、玄米ではないと見るのが素直でしょう。以下は養生訓の記述です。
ご飯はよく火を通し中まで柔らかくなったものがいい。堅いものや粘っこいものはよくない。
白米を食べるようになったのは奈良時代からっぽい
稲作の歴史を調べてみると、縄文時代後期に伝わり、弥生時代に広がったとされています。白米を食べるようになったのは、どうも奈良時代頃のようです。奈良時代の貴族は白米を食べていたそうです。
では貴族以外はというと、庶民が食べていたのは白米ではなく黒米(糲)だったそうです。黒米=玄米と説明しているサイトが多いのですが、よく調べてみるとその説明は正確ではないようです。(下記強調部は、引用者=私による)
玄米をついて精白し、白米と書き「しらげのよね」と呼びました。白米は身分の高い人びとが食べ、庶民はもっぱら黒米とよばれた精白度の低いウルチ米を食べ、アワやヒエに混ぜることもあったようです。玄米は食べていません。江戸時代に入ると黒米は玄米をさすようになりますが、これを飯に炊いて食べた記録は少なく、食べるためには白米より薪を多く使わなければならなかったからです。
黒米は元々は精白度の低い米であっても、玄米ではなかったようです。時代が下り、江戸時代になると玄米を黒米と呼ぶようになったそうです。推測ですが、これは精白度の高い白米が一般化し、精白度が低い米=それまでの黒米というものが技術的に消えていったために、代わりに玄米のことを黒米と呼ぶようになったのではないでしょうか。
ざつがく・ザツガク・雑学!の米の項にも以下のような説明がありました。
従来は、元禄以前は玄米・黒米と呼ばれる精白をしていない米を食べていたとされていました。
しかし、実際は月で兎さんが搗(つ)いている竪杵(たてきね)などでモミを搗くと、現在の五分づき米や七分づき米に相当するお米になるそうです。
文献上の玄米・黒米はこれを指すのではないかということです。
こうした記述からも、籾を取っただけの玄米が食べられていたわけではなさそうです。
好き好んで玄米を食べない
玄米を炊飯するのは精米より大変です。現代では、圧力鍋や玄米炊飯モードのある炊飯器で炊くのが普通です。通常の鍋でも炊けないことはありませんが、二度炊きをしたり、長い時間をかける必要があります。上での引用箇所にも同様の記述がありましたが、限られた薪でやりくりしていた時代、燃料節約の観点からも玄米は歓迎されなかったでしょう。
お米・ごはん食データベースの炊飯の歴史を読むと、ぶ厚いふたをつけた釜が普及し、蒸気圧をかけながら水分を飛ばして炊き上げる現在のような「炊き干し法」が用いられるよういなったのは江戸時代中期とのことです。それまでは、単に煮たり蒸したりして米を炊いていたそうですから、ますます玄米は大変です。可能な範囲で精白度を高めようとするのは自然な成行きでしょう。
また、玄米は精白したお米より消化に悪い、これは明らかです。私は玄米も時々食べていますが、玄米が健康にいいと聞いて、いきなり3食玄米に切り替えたりすると、体を壊すことがあります。実際に体を壊した友人がいます。また、母乳育児をしている方たちでも、玄米食によるトラブルは少なくないそうです。
福井の米を販売しているふくい米ドットコムというサイトが「危ない玄米食」というページを設けています。その中でも「玄米食の間違ったイメージ」に、玄米食が体によいとは言えない理由が細かく説明してあります。
玄米菜食は自然ではなく人為的では
こうして見てきたところ、やはり玄米菜食は日本古来のものとは言えないと思われます。日本古来の食生活としては、玄米よりは程度の差はあれ精白された米が食べられてきており、副菜も可能な範囲で野菜以外の動物性のものを摂取してきたのが、昔ながらの日本の食生活でしょう。そういう意味で、玄米菜食は自然ではなく、人為的な食体系と言えるのではないでしょうか。(もちろんマクロビオティックだからと言って、絶対的に魚等を排除しなければいけないというわけではないことは知っていますが。)
マクロビにしても、頭で考えられた健康法の1つに過ぎないのでしょう(もちろん頭で考えただけではなく、それを実践し、うまくいっている人が少なくないから受け入れられているのでしょうが)。身土不二、一物全体といった概念はイメージとしては良いものですし、思想としても私個人嫌いではありません。ただ、そこに明確な科学的な根拠はあるかというと、そう言うにはちょっと弱いです。
この飽食の時代、カウンターカルチャーとしての玄米菜食、マクロビオティックには意味があると思います。私の普段の食生活も基本的に玄米菜食寄りです。ただ、そこで闇雲に玄米菜食を厳守するのではなく、食の本旨に立ち返って自分の頭で何が必要なのかを考えるのが大事なのでしょう。
#突っ込み出すと話が広がっちゃうのでやめときますが、身土不二っつても、例えばサトウキビ由来の砂糖と甜菜由来の砂糖を分ける意味がわかりません。両方とも主成分はショ糖だし。甜菜糖にはオリゴ糖がちょっと含まれてるくらいの差が重大な違いとは思えないのですが…。逆に、マクロビでよく使われるメープルシロップが日本のものでないのはいいのでしょうか。糖分自体を取りすぎない方がよいという主張はよいと思うのですが…。その土地にないものを食べちゃいけないなら、生きていけない地域は世界中にありそうです。基本は地元のものとしても、必要に応じて外のものも取り入れた方が合理的な気がします。
マクロビオティックの略称(追記)
完全に余談ですが、マクロビオティックを「マクロ」と略するのは間違っていると思います。macro だけじゃ、「大きい」というような意味ですし。語源がわかってればそんな略し方はしないと思うんですけどね。Wikipedia を Wiki と訳す人も似たようなものですね。
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